はじめに
日常会話で「憎まれっ子、世にはばかる」ということわざを耳にすると、嫌われがちな人ほどなぜか出世したり長生きしたりする現象を思い浮かべる方が多いでしょう。
本当に世の中は「嫌な人」が得をする仕組みになっているのでしょうか。それとも昔からの皮肉交じりの教訓に過ぎないのでしょうか。
本記事ではことわざの語源をひもときつつ、心理学と長寿研究の成果を交えて意味を掘り下げます。

ことわざの由来と本来の意味
憎まれっ子、世にはばかるは室町期の文献にすでに見られる古い表現で、はばかるには「遠慮する」という現代的な意味のほかに「幅を利かせる」「のさばる」という古語の用法があります。
つまり、周囲に嫌われるような子どもほど図太く生き延び、のちに世間で幅を利かせるようになるという皮肉が込められています。
英語の Ill weeds grow apace(雑草はすぐに伸びる)にも似たニュアンスがあります。
嫌な人ほど成功するというイメージ
仕事や学校で自己主張の強い人が結果を出す場面は確かに目立ちます。
威圧的な態度で交渉を有利に進めたり、周囲を振り回しながらも組織で地位を築いたりするケースが報道で取り上げられることで、ことわざが現代にも残っている側面があります。
研究が示す「嫌われ者」と出世の関係
米スタンフォード大学などが約14年間にわたり追跡した二つの調査では、自己中心的で対人摩擦の多いディスアグリーアブル(非協調的)な性格は、組織内で権限や昇進を得るうえで優位には働かないという結果が報告されました。
逆に外向性や共感性というポジティブな対人特性のほうが、長期的にみると高い役職に就く傾向が強いとされています。
所得格差では優位に見える場合も
一方、ビジネス誌に掲載された年収データのメタ分析では、男性に限っては非協調的な人ほど平均年収が高いという傾向が示唆されています。背景には強い交渉姿勢や自己評価の高さが報酬交渉でプラスに働く可能性が指摘されています。
ただし、離職率の高さや人間関係の摩耗といった負の影響も同時に報告されており、必ずしも全面的な成功を保証するわけではありません。
長生きとの関連はどうか
長寿研究のレビューによれば、健康寿命を伸ばす上で最も一貫して有益なのは誠実性と外向性で、攻撃性や敵意は心血管疾患リスクを高める要因として位置づけられています。
ことわざが示す「悪い人ほど長生き」という図式は科学的には裏づけが乏しく、むしろストレスや孤立が寿命を縮める可能性が高いとされています。
なぜことわざが残ったのか
- 目立つ少数例が記憶に残りやすい認知バイアス
- 他人の成功を皮肉交じりに語る文化的風土
- 子どもに対するしつけの戒めとしての役割
こうした要素が重なり、例外的なケースが一般論として語り継がれてきたと考えられます。
まとめ
憎まれっ子、世にはばかるということわざは、周囲に嫌われるほど強かに生き残る人がいるという人生観を表します。
しかし組織心理学や疫学の研究では、非協調的な性格が長期的キャリアや寿命にプラスとは限らず、むしろ誠実さと協調性が健康と成功を支えるとの報告が優勢です。
ことわざをそのまま真理と受け取るのではなく、バイアスや統計的な視点を踏まえて解釈することが現代的なリテラシーと言えるでしょう。