はじめに
心肺停止を確認したとき、救急隊員や医師はただちに心肺蘇生(CPR)を開始する――それが命を救う大原則です。
ところが、ごくまれに「蘇生を試みるまでもなく死亡が明らか」なケースがあります。
救急現場ではこれを社会死(しゃかいし)と呼び、蘇生措置や救急搬送の対象外としています。
本記事では、社会死の定義・判断基準・救急現場での取扱いをわかりやすく整理します。

社会死の定義
社会死とは「医師の死亡宣告を待たずとも、肉眼で誰もが明らかに死と判定できる状態」を指します。
法律上の死亡(医師による死亡診断書)とは別に、実務現場で扱われる“運用上の死”という位置づけです。
医学的・法的区分との違い
種別 | 判定者 | 主な根拠 | 取扱い |
---|---|---|---|
臨床死 | 医師・救急隊 | 呼吸・心拍停止 | 直ちに蘇生を試みる |
法的死亡 | 医師 | 死亡診断書の交付 | 死体検案・戸籍手続き |
社会死 | 救急隊員等 | 肉眼で蘇生不能が明白 | 蘇生・搬送を省略し警察へ通報 |
社会死と判断される具体例
- 頭部または胴体の完全分離・欠損
- ミイラ化・白骨化・高度腐敗
- 全身焼損で組織が炭化
- 体幹を貫く重度損傷(胴体切断・内臓露出)
- 死後硬直よりも進んだ乾燥硬化
いずれも“蘇生可能性がゼロ”と誰もが即断できる状態が特徴です。
救急隊員の対応フロー
- 現場到着
- 視診で社会死を確認
- 蘇生措置・AED使用・搬送は行わない
- ただちに警察へ通報し、現場を保全
- 医師または検察医による正式な死体検案へ引き継ぎ
消防庁の救急業務取扱基準では、社会死体に対し「蘇生を要しない」と明記しており、無用な医療資源の浪費を防ぐ運用が徹底されています。
判断時の留意点と課題
- 誤判定リスク
- 低体温や薬物中毒で“仮死”状態に見える例があるため、社会死と断定できるのは極限的ケースのみ。
- 遺族感情への配慮
- 蘇生省略の説明や現場対応を丁寧に行わないと、遺族の不信感やトラブルに発展しやすい。
- 現場保全と捜査協力
- 社会死は事故・事件性を帯びることが多く、救急隊員は証拠を損なわないよう行動する必要がある。
まとめ
社会死は「誰が見ても蘇生不能」と判断できる状態を指し、救急現場では蘇生措置省略と警察通報が標準対応となります。
臨床死・法的死亡とは異なる“実務上の死”という概念を理解することで、救命活動の適切なリソース配分や遺族対応、犯罪捜査への協力が円滑に進みます。