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番町皿屋敷のお菊井戸は姫路城にある?伝説の真相と各地の言い伝え

はじめに

「一枚、二枚、三枚……」と皿を数える女の幽霊――この印象的な怪談として知られるのが「番町皿屋敷」です。
物語の舞台は江戸の番町とされることが多いですが、実は姫路城にも「お菊井戸」と呼ばれる場所があり、こちらが“本当の現場”だと言われることもあります。
この記事では、番町皿屋敷の物語の成り立ちと、姫路城との関係についてわかりやすく解説します。

番町皿屋敷

番町皿屋敷とは

番町皿屋敷は、江戸時代に広まった日本の怪談です。
物語のあらすじはこうです。

家に仕える女中・お菊が、主の大切な皿を一枚割ってしまいます。
怒った主人に責められ、井戸に突き落とされて命を落とす――それからというもの、夜になると「一枚、二枚、三枚……」と皿を数えるお菊の幽霊が現れる、というお話です。

この話は「忠義」「裏切り」「濡れ衣」「女性の悲劇」といったテーマを含み、歌舞伎や講談、のちには映画やドラマにも多く取り上げられました。

姫路城にある「お菊井戸」

姫路城の敷地内、西の丸の近くには「お菊井戸」と呼ばれる井戸が実在します。
深さはおよそ15メートルとされ、古くから観光客や地元の人々に親しまれています。

姫路に伝わる「皿屋敷伝説」では、物語の舞台は江戸ではなく姫路城。
この地では、城主・青山鉄山(あおやまてつざん)に仕えていた女中・お菊が、主君の陰謀を知ってしまったために命を奪われ、井戸に投げ込まれたという話として伝わっています。
つまり、姫路版では“皿を割った罪”ではなく、“忠義ゆえの悲劇”として描かれているのです。

お菊の井戸

江戸番町との関係

一方、江戸の番町にも「お菊井戸」が存在したと伝わります。
江戸時代、番町は武家屋敷が立ち並ぶ場所で、そこに仕えていた女性の悲劇として語られるようになりました。
姫路の伝説が江戸へと伝わり、物語の舞台や登場人物が変化していったと考えられています。

つまり「番町皿屋敷」と「姫路皿屋敷」は、同じ根の物語が地域によって姿を変えた“姉妹伝説”のような関係にあります。

井戸が残る理由と文化的な意味

姫路城のお菊井戸は、単なる観光スポットではありません。
人々の「忠義を尽くした女性への哀悼」や、「不条理への恐れ」を象徴する場所として、長く語り継がれてきました。
現在も井戸のそばには説明板が設置され、観光客が静かに手を合わせる姿も見られます。

また、姫路市内ではお菊を題材にしたお祭りや関連行事も行われており、地元の文化の一部として根付いています。

まとめ

番町皿屋敷の「お菊井戸」は、姫路城にも実在します。
物語の発祥は姫路で、そこから江戸に伝わり「番町皿屋敷」として広まったとされています。
つまり、姫路城の井戸こそが“お菊伝説の原点”と言えるでしょう。
今もなお、その井戸は静かに残り、語り継がれる日本の怪談文化の象徴となっています。

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